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2008年9月からオダックス埼玉は清水班が加わってパワーアップ。 日本の公認ブルベは'02年に静岡県掛川市で始まりました。当時から掛川でブルベを走っていた埼玉を中心に東京、神奈川に住む参加者が自然発生的に埼玉県内で集るようになり、「自分たちの遊び場は自分たちで作ろう」と、'04年6月にAJ(当時はRJ)埼玉を発足。05年11月AJ埼玉からオダックス埼玉へ名称がかわりました。メンバーは6名、代表・妻神邦昭、広報・小倉清、データ作成・納見謙一、コース企画・泉浩司、会計兼写真班・山口哲生、ウエブ担当・白木緑。「とにかく走る」をモットーに公認ブルベ以外にも、200km以下の走行会や1000km以上の練習会を行っています。 カテゴリ
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Bonjour!
こんにちはオダックス埼玉の山口です! 4年に一度のブルベの祭典! そう、PBPはお祭りだ。楽しもう! どう楽しむかは各自次第だけど、 まずは作戦を立てねば。 私の目標はラクして完走! 楽々完走するには、まず睡眠時間の確保。 予定では寝るための大休止が3回。 可能な限りの質の良い睡眠時間を実質4時間以上。 昼でなく夜寝たい。 コントロールのクローズの時間いっぱいまで寝たい。 道端では寝たくないー。 オダックスジャパンのドロップバッグサービスがある「Loudéac」は、 90時間の部で18時スタートだと夜半頃が往路クローズ。。 だと最適なのは次の「Carhaix」なのか(寝場所はあるのか)。 「Loudéac」と「Carhaix」の間の仮眠所は混雑しそう。。 復路の「Loudéac」も時間的に睡眠には使いにくいから最適なのは「Tinténiac」か。 3回目の睡眠はどないするかー。 うーん考え中ー、考え中ー。。 そのほかのこと。以下、過去の経験。 スタート: 想像以上に大歓声の中のスタートだ。 市街地を抜けるまでずっとずっと、沿道には人垣があり、応援を受け続ける中、私たちの大集団が走り抜ける。 ヨーロッパのプロロードレースに出場したような錯覚。 最高ー。 高揚した気分に押され神経が高ぶり、つい、オーバーペースに陥る。。 抑えよう、気持ち。 守ろう、自分のペース。 食事: 各コントロールの食堂での食事は期待しない方が良い。 肉は硬いし大味だ。 パスタ類はイタリア人と日本人が怒るくらいに許せない。 また大行列になりがちなのでかなり時間が掛かる。 売店で売っているパテやハムやチーズを挟んだだけのサンドイッチがとても美味で待たされない。 余裕があればコース上の街のレストランで食べるのが美味しい。 パンやチーズ等の基本的食材は外れなく美味しいので、 お店で買い食いもよいかもしれない。 補給食: 日本で見ない補給食を売っていたりするのでチャレンジするのも手だが、 事前に使った事のあるものを持参した方が無難かな。 日本から持っていく補給でお勧めはセンベイやオカキ。 カーボローディングにもなる(と元MTBプロライダー竹谷賢二さんが言っていたと元メカニックの人が言っていた)。 現地食に飽きた舌には醤油味が有難くうれしい。 湯沸しセットを調達できるならカップ麺やご飯系がご馳走になる。 水はコントロールで買える。 トイレ: 2003年と2007年、「Loudéac」のトイレに便座は無かった。。 田舎町の公衆トイレはそれが一般的だと思ったほうが良い。 覚悟しよう。 紙は持参しよう。 水洗トイレに流せる携帯用ウエットティッシュ(赤ちゃんのお尻拭き用とか)が何かと役立った。 お尻にブツが残ったまま長距離走ると擦れる(と元全日本ロードチャンピオンの人が言っていた)。 薬: 胃をやられる人は多い。 慣れない外国でのストレスや追い込みすぎ。 何も食べられなくなった人は例外なくリタイヤしている。 水なしで飲めるトローチ状の胃薬はお勧め。 ドーピングも問題なし(と元ヨーロッパプロ今中大介さんが当時の雑誌レポートに書いていた)。 胃痛が治るわけではないけれど、すこしマシになる。 2003年には一箱完食、2007年には人にたくさんあげて感謝された。 眠気覚ましのカフェインのタブレットは胃を荒らすので出来れば使わない方がよいと思う。 非常用として鎮痛剤や下痢止めも持った。 ライト: 真夜中の田舎道は街灯無し。 2003年道中一人きりになったとき、夜空に天の川が広がっていた。 真夜中の森は本当に真っ暗。 明るいライトのほうが良いけれど、 峠の激下りとかないから超強力なライトはいらないと思う。 気温: 最高気温は30度くらい。 最低気温は10度前後。 湿度は低いけれど、朝モヤがかかる。 夏の北海道の北の方みたいな感じかな。 疲労すると体温が上がらないので、その意味でも休息は重要だ。 かさばるのが嫌で長袖ウエアは持たず、 使い捨てビニール手袋と靴用カイロを持った。 あと今回は、 東日本大震災の影響で日本人は注目を浴びるでしょう。 感謝の言葉と誇りをもって走りきろう! 最後に大切なのは折れない気持ちです。 みんながんばれ! (自分もがんばれ!) A bientot! ![]()
2003年に初めてPBPに行ったとき、自転車のこと、自分が走ることしか考えていなかった。
それはとても幸せなことだった。 後50日でPBP。 がんばろう。
Bonjour!
こんにちはオダックス埼玉の山口です! 先月1月のBRM130アタック霞ヶ浦の折り返し点は有人チェック! 制限時間を残り一時間切ったところでスタッフを素通りし、トイレに駆け込む人あり。 「あーよっぽどトイレ我慢してたのだねー」 と眺めていたら、チェックを受けずに行ってしまったー。 「きっと有人チェックなのを忘れているんだー」 と泉さんが車で追っかけて声をかける。 「いえ、ちがうんです」 どうもブルベの参加者でないサイクリストが歩崎園地のトイレに寄っただけらしい。 でもロードレーサーの彼は、 オレンジ色の埼玉反射ベストADX-Vを着ていたのであった。 ややこしいー。 反射ベストを着ての単なるサイクリングかぁ。 それだけADX-Vが一般的になったって事かな。 反射ベストを着ているのがブルベの証のように思っている。 ブルベのスタッフ中や参加してるとき、 反射ベスト着た人を「ああ、ブルベだー」と見てしまう。 あれ、道端にいるなぁ、と見たら道路工事のオジサンだったりするし。 反射ベストって、 たまに自転車店で見かけるのは輸入品でジャージくらいの値段だったり、 道路工事用のゴッツイのだったりするせいか、 ブルベ以外で着ている自転車のりは少数だ。 お手ごろ価格で自転車用の反射ベストは、 わがオダックス埼玉が開発したADX-Vってが一番じゃないかな、っと自画自賛ー。 日本国内での自転車用反射ベスト市場でも、 過半数を占めているのではないか(統計はどこにもないですが^^;)、 とさらに自画自賛ー。 自転車反射ベスト普及の一翼を担っているぜー。 自分たちの必要で作ったものが普及するなんて、 いや愉快愉快、楽しい楽しいー。 スタッフ業務を終え、 スタート地点に戻るべく夕刻の薄暗い中の越谷市内、 前方に黄色いADX-Vを着た女性を発見! 「いやーよく目立ってよいねー」 なんて車中話していたら、右折ポイントを迷いもなく直進して行ったー。。 「ミスコース?」 後で確認するとその地点に女性単独走行の参加者はいなかったらしい。 たぶん夜間のサイクリングだったらしい。 うーん、愉快だけれど確かに紛らわしいかな^^; でもまあよいかぁー。 A bientot!
妻神邦昭です。
6月21日(月)うちの奥さんが新宿でリラクゼーションエステを始めます。 女性専用、完全予約制のサロンです。 ブルベで疲れた体を癒す時間としてご利用下さい。 「ナチュラルガーデン新宿」 【住所】新宿区西新宿7-10-17 新宿ダイカンプラザB館406 【TEL】03-3227-1569(6/21~)施術中は留守電対応になります。 【メールアドレス】aroma-bodyrelax@auone.jp 【営業時間】月~土 11:00~22:00(最終受付20:00) 日・祝日 11:00~20:00(最終受付18:00) (火曜日定休) アロマオイルのボディトリートメントをメインに、もみほぐし、フェイシャル、ヘッドマッサージなどのメニューがあります。 このページを見て予約してくださった方は、初回に限り全コースを通常価格の半額にさせていただきます。 ご来店時に「ブルベのHP見ました!」と言って下さい。 コースの詳細は、ナチュラルガーデン新宿のHPをご覧ください。 ナチュラルガーデン新宿HP小滝橋通り沿い、1階がセブンイレブンのビルです。新宿駅から徒歩で3分くらいです。
昨年からの埼玉BRMの会場でゴールした参加者に声をかける、
白衣の鍼灸師、設楽さんをご存知でしょうか。 というより治療をやアドバイスを受けた方も多いはず。 手弁当で昨年の埼玉BRMを皆出席、 今年は同日開催のBRMはどちらかに出ての皆勤継続中です! その設楽さんが今年4月、ついに開業しました。 ![]() 氷川温鍼堂 http://hikawaonshindou.web.fc2.com/index.html 設楽さんはかつてブルベやヒルクライムを走り、 自転車に乗る人、特にブルベを走る人の立場をよく理解しております。 治療を受けようと鍼灸に掛かる場合、 時にはオーバーナイトで走るブルベの事を伝えるのは結構難しいものです。 設楽さんはかつてブルベやヒルクライムを走り、 自転車に乗る人、特にブルベを走る人の立場をよく理解しております。 ブルベを詳しく知る鍼灸師は設楽さんが一番でしょう。 とても心強い存在ですね!
Bonjour!
こんにちはオダックス埼玉の山口です! 今回の埼玉BRM417「アタック日光&ビーフ」、 スタート前の雨と雪の中、覚悟を持った70数名がスタートをしました。 ありがとうございました。 ![]() 300kmの「アタック日光東照宮」のコース概略を思いついたとき、 以前からの人気のBRM300km「アタックビーフライン」を繋げれば400kmのコース完成、 と気づいてしまった2008年春。 そうして開催されたのが2009年のBRM400km「アタックビーフ&日光」でした。 今年はその逆周りにしてみました。 序盤の150kmで高度を稼いでしまえばあとは下り基調のアップダウン。 道祖神峠をプラスすれば筑波山東側ののどかな道を走れます。 矢板市内で西に向かう方が国道4号線を渡りやすいし、日光から大田原間で新しい道が完成したし。 アプローチコースの芽吹大橋に戻るには交通量のある県道を通る必要がありますが、 夜間か早朝ならば気にならないし、むしろ判りやすいでしょう。 序盤と後半の100kmはフラットだし、 夜間走行をクリアし、ミスコースしなければ完走しやすいと思われます。 コントロールポイント設置地点は規定以外にも次の点を考慮。 PC1は区間を長い距離にすることで大集団にならない事を期待。 PC2,日光の峠を越えて一息、すぐ次の左折ポイントを間違えない事を期待。 PC3。コース右折ポイントの2段階右折部分にPC。 PC4。次のビーフライン以降に備え、必要な人はイートインコーナーのあるミニストップ(大好き!)で座って食事が出来る。 PC5。コースのショートカット防止の意味もあるけれど、ビーフライン以降でコース上最初のコンビニ。 PC6 。区間距離は短いけれど次の左折ポイントは目印が無いので区間距離を確実に確認してくれるのを期待。 複数種類のコンビニで設定できました。 同じ種類のお店ばかりだと飽きてしまうので自分的には結構気にします。 400kmは仮眠所設定は基本的に考えませんが、 結果的には明け方に市街地を通るので24時間営業のお店で休憩した人多数でした。 走りたいコースに誘導するためにアプローチとして割り切らねばならないルートもあるし、 いいコースでもキューシートに表現しきれない場合は使いません。 100人以上が走ることも考えます。 速い人の事は考えません。 そんな人はどうあっても時間内に戻ってくれるから。 走る時間帯は重要。 のどかな田舎道が好きだけれど、 夜間走行は街灯のある市街地や幹線道路が快適だったりするしね。 私がコースを作る場合、キューシートにすべてを表現します。 キューシートと自転車のメーターがあれば走れるようにするのが務め。 その上で400kmにまとめる。 BRMのコースは私たちの作品です。 私たちとはBRMを走る人を含めてです。 参加者が走ることではじめて完成します。 今回はスタート地点の雪と雨、後半の寒波がコースのイロドリを添えてくれましたね。 A bientot!
Bonjour!
こんにちはオダックス埼玉の山口です! ブルベの600km以上を走のに一番考えなくてはならないのは「睡眠」。 いかに「睡眠」を確保するか、「質」と「量」を。 経験的には300~350km地点で実質4時間以上寝る。 できれば野宿でなく布団で。 600kmを24時間以内で帰れたり、寝ないでも平気な人は関係ないが、私には出来ません。 宿泊可能な健康ランドが時間の融通も利き便利です。 「質」にこだわるならビジネスホテルが便利だが時間通りに辿り着く脚が必要です。 昨年の埼玉1000kmで一泊目、私は新潟のビジネスホテルを予約し宿泊。 睡眠は3時間しか確保できなかったが、翌日は途中眠くもならず、快適に走れました。 個室の柔らかなベッドでぐっすり眠れたおかげです。 いわゆる健康ランドの仮眠室での雑魚寝では4時間以上眠らないと翌日つらいのだけれど、 睡眠時間の不足を睡眠の質でカバーできた模様。 事前の睡眠も非常に重要です。 大会前は準備やら移動で睡眠時間は不足しがちだが、がんばって寝よう。 前日は仕事もやりくりして寝ることに集中する。 前々日に寝だめして置くのも有効です。 ちゃんと寝ると走りが違う、回復も違います。 大会翌日の仕事中に睡魔が襲うこともないです。 事前睡眠の大切さは200kmの大会でも同様です 。ブルベで大切な2日前からの睡眠計画。 レースなら展開を予想して体の仕上げ方とかのフィジカルなコンディショニングのマネジメントが大切だろうけれど、 ブルベで大切なのは睡眠のマネジメント。 私は今から2011PBPでいつどこでどのようにどれくらい眠るか思案中ー、妄想中ー。 A bientot!
3連休最後の日の夕方、フランスから1000kmのメダルが届きました。
![]() 110個もあります。 メダルを買わなかった人もいるし、 途中やむなくリタイヤした人もいます。 リタイヤしても走り続けた人もいました。 破れかけた段ボールに突っ込まれたメダルにいろんな思いがよぎります。 私は走ってないので欲しくても買えません。 部屋の壁に古いデザインの1000kmメダルがかかってます。 829北海道400から920埼玉1000まで12BRMの認定シールも一緒に入ってました。 仕分けして、それぞれメダルを添えて、すでに各主催者に送ってあります。 そのうちブルベカードと一緒に届くでしょう。 今回、一部BRMのみ認定証がシールになってました。 今までもシールとは言っているけど、 切手と同じように裏を水で濡らさないと貼り付けられない、 しかも、シールは20枚が1シートになっていて、 ミシン目を1枚ずつ切り離して、ブルベカードに添付するわけです。 ブルベカードに添付するのは主催者もしくはそのBRMの担当者です。 認定一覧表で名前と番号を確認して張っていくのははっきりいってめんどう極まりない。 そうしたことを毎回主催者はやっているわけです。 300人を超えた222-200はさぞかしたいへんだっただろうね。 妻神さんがひとりでやりました。 これからは少なくとも裏紙をはがすだけで貼り付けられます。 多少なりとも作業がラクになるでしょう。 といっても、まだ一部だけ、 ま、そのうち全部かわるのでしょうね。 そのかわり、主催者に送るときに、 切り離すミシン目がなくなったので不便。 認定証はBRM毎でわかれてはおらず、 一覧表の番号を見て、仕分けするのは私の仕事です。 日本人だったらこんな手間のかかる方法はしないだろうな、 と毎度思います。そうしたことはいっぱいあります。 でもね、私はそれでいいと思う。 世界規模でやっているのに、効率度外視、 手間暇かけてやっている。 LELの受付やPBPフィニッシュで大行列の中、ひたすら待つ、 それでいいじゃん。 もっとも、AJの作業ばかりに時間を取られたくないので、 可能な範囲内で効率を考えるけど、 ひたすら便利にとは思わない。 週末に1年に1回の理事会が終わりました。 北海道から福岡まで集まった主催者と6時間みっちり会議、 開催までの準備は遅れに遅れてめいわくをかけた。 みなさんには申し訳ない限り。 私の頭と作業能力はかなり低い。 そうした会長を持つ1100人の会員のみなさまはお気の毒としかいいようがない。 でも、そんなことは知ったことじゃない。 私は自分のベストを尽くすだけである。 ACPの担当者はものすごく有能だけどね。 これから来年の会員募集、BRM受付開始のための作業、 他にも今年は大切なことがたくさんある。 私の頭はすでに2010年でいっぱい。 今年残っているのは1024の2BRM、無事に終了しますように。 そして、最後のBRMを多くの人が楽しんで走れますように。 苦しかったりつらいのはしょうがないね、それも楽しさのうちだから。 久々の投稿なのに、とりとめなし、失礼しました。 バイバイ、またね。
23日にひとりでスタッフ認定走りに行きました。
結果は途中リタイヤしました。 スタートから草津までずっと向かい風。最初は鯉のぼりが4時の角度だったのがだんだんと勢いを増して水平にたなびいてました。草津で追い風になるはずですが、風向きがかわってやっぱり向かい風。妻神さんが試走したときと同じ、違うのは私の走力がなかったってことです。 榛名山麓から大津まで登りっぱなしではなく、下りもあります。ただ、向かい風で下っている感じがしないというだけです。登りは多いけど。 明日の予報は雨です。私が走ったのはは晴天でしたが、ポラールの記録では最低マイナス3℃でした。昼過ぎくらいまでは暑かったのですが、草津に近づくに連れて雪が残る山から吹き下ろす風が冷たかったです。昨日、浅間山は雪が降ったそうです。日中のR292で路上の気温計がすでに9℃、その先も4℃と下がりました。地蔵峠は登りもきつかったけど、それ以上に下りの寒さが堪えました。、冬用ベスト、タイツ、ネックゲータなど防寒はしてましたが、ゴアの上下までは持っていかなったことを心底後悔しました。白樺湖から少しくだったところにある気温計も0℃。 雨ならもっと寒いです。寒さは個人差もあるし、走り方によっても違うと思いますが、真冬の雨装備をおすすめします。 直前ではありますが、取り敢えず、寒いということだけ報告しておきます。 それでは、これからブルベカード印刷します。明日、お会いしましょう。 おまけ 地蔵峠には百体観音が道路脇にあります。頂上は80番です。下見したときは赤い旗がたっていたので、よくめだったのですが、今はないので気付かないかも。 ↓頂上左にある80番観音 ![]() ↓嬬恋側に100番があります ![]() ↓一番は下った「新張」S左側、普通に下っているとわかりません ![]()
白木です。1年半休んでいましたが、19日に埼玉200のスタッフ認定走ってきました。これは試走レポートではなく個人的な復活報告なのでスタッフルームに書き込みます。かなり長いよ。
今回は敢えて一人でスタッフ認定しようと考えておりました。日程の都合もあるけど、みんなに待ってもらいながらムリして走るより、完全にマイペースのほうがいいかな、と思ったのです。 なにしろ、久しぶりなので、珍しく早くから準備を始めました。タイヤ、チューブ、リムフラップ、クリートも交換。わざわざ買ってきたわけでなく、2007PBP用に買ったものが、DNSしたのでそのまま残ってました。他にも新品のライトやブレーキシューいろいろと出てきました。今まで200でヘルメットにヘッドライトを着けたことはなかったけど、念のため装着。キューシートを加工し、夜な夜なグーグルマップと道路地図を何度も見てほぼコースが頭に入った前日夜、埼玉MLに泉さんがスタッフ認定するというメールが入ってきました。埼玉の場合には前日までに表明すればOKなのです。 朝3:30起床、5:40ゆうパーク到着。泉さんは7時半スタートなので当然いません。駐車場の街灯がついてなく真っ暗。ヘッドライトが役立ちました。寒い。クルマの温度計で1℃、氷点下じゃないだけマシだね。埼玉に「行ってきます」とメールして6時スタート。 走り出してすぐ朝日を見た。きれいだった。顔が冷たくてネックゲータを鼻まで上げる。平日なのでK30はトラックが多く、路肩がないので走りにくいし、最近はクルマの多いところはほとんど走ってなかったのでコワイ。6.4kmがまんして「田中」を左折したとたん交通量が減った。「西平」を右折して松郷峠へ。2kmちょっとの登り。下り初めたら呆れた。平地と登りが遅いのは仕方ないけど、下りまで遅くなった。これじゃ、かなり危ない、この後約11kmの定峰峠を越えてPC1に時間内に入るには、私の足では7時半に「落合橋」を左折しないと間に合わない。定峰はゆるい登りだが、帰りじゃなく元気な往きに登れて良かったとこの日は思ったものだ。予定通り7時半くらいに登り始め、1時間かけて頂上。とにかく遅い。おかげで、周辺の懐かしい景色を堪能しました。 下りながらPC折り返してから走ることになるK82左折ポイントを確認してPC1に8:53到着。コンビニレジの女性に日曜日はたくさんサイクリストが来ると伝える。おにぎりなどがほとんどないので聞いたら、9:30にならないと入荷しないそうだ。必要なら予約しなければならないと言われる。そこまではできない。 PCを出てK82は短いけど登りもある。私にはきつい。PC3になるセブンイレブンを横目で見ながら通過、「出牛(じゅうし)」手前でまた登った。唐沢峠というらしい。「太駄中(おだなか)」の後に出てくる杉の峠は2kmもない。この辺りはアタック日本海600や赤城400で走っており、日本海の時にはワイヤが切れてしまい2段変速で杉の峠を越えたけど、今だったら確実にリタイヤだと思ったのでした。 NO18の信号を左折すると、田んぼの中をまっすぐに道が延びてます。好きな道なのに、メーターはまたしても20km以下、向かい風です。ちなみに、ゴール後泉さんはそよ風だと申しておりました。でも、私の走力だとなかなか前に進みません。それでも嫌にならなかったのは、ずっと真っ白な浅間山が見えていたからです。4月の400では浅間山山麓まで行きますよ。 セーブオンを過ぎると、徐々に登り始めます。峠ではなく、登基調のアップダウン。K71で右折するとすぐにR254を左折。R254はトラックが多くて走りにくく、またまた向かい風。11km我慢してK47に入ったらだらだらと登っているものの追い風ぼい。「北山」から「五料」までの区間が往復共にきつく感じたのでありました。私の場合には、ちょっとした坂もきつく感じるけどね、、、、まぁ、ゆっくり登っていれば案外たのしい。速い人たちはこの感覚がよくわからないみたい。 折り返しのPC2に到着したのが13:09。またまたリミットまで20分くらいしかありません。久々の100km越えなんで疲れてお腹がすきました。駐車場でクルマの女性に話しかけられ、その人は北海道をマウンテンでサイクリングしたと言ってました。もっと話したかったのですが、さすがにその余裕はなくて残念。パスタを平らげて来た道を戻ります。 K51で泉さんとすれ違いました。もっと早く追いつかれると思ってたけど、膝故障中の泉さんはゆっくり走っているようです。でも、それだけじゃなかったんだよね。キューシートを全部チェックして、間違いをその都度書き込みながら走っていたのです。後で見せてもらったら、書き込みで真っ赤でした。金曜日に訂正版キューシートが埼玉MLに送られてきましたが、結局アップするのはやめることになりました。 真っ赤になった訂正部分は情報欄の道標です。埼玉のキューシートは必ず道標を記載しています。その目的2つあります。1つは道標本来の目的である進行方向を知らせるためです。もうひとつはキューシートのポイントを特定するためで、信号名を記載するのと同じです。進行方向を知るだけなら、道標に地名が複数あった場合に一つだけ記載してもいいけど、ポイントを特定するためには道標そのままを記載しないと意味がないわけてす。そのため泉さんはすべてを走りながらチェックして書き込んできたのです。あんなことができる人はあんまりいません。私には不可能なので、自分がコース担当の時にはクルマでやります。距離が長いほどものすごくめんどうです。 ポイント特定は信号名でできるし、信号名や信号がなくても距離が正しければ道標がなくても問題ないはず。そんなわけで、今回は明らかな間違い1箇所のみブリーフィングで説明することにして、他は取り敢えず間違っていないので、前日にあれだけ真っ赤に訂正されたキューシートを出すのはやめようということになったわけです。道標見ない人も多いだろうしね。 帰りは楽だよと妻神さんからメールがきたけど、来るとき向かい風だったR254もK41もなぜか帰りもやっぱり向かい風、全然楽じゃないじゃん。100km以上走るのは2007年の静岡600以来です。どんどん疲れてきます。私は疲れるとすぐに気持ちが落ち込んだりします。でも、この日は単独走なので、常に自分の走る道とリミットを計算するのに忙しくて、落ち込んでいるヒマはありませんでした。単独で良かったとつくづく思いました。埼玉メンバーと一緒に走っていたら、私の場合には、疲れれば他の人たちに頼って何も考えなくなり、逆に走ることだけに全神経が集中してしまい、その分思うように走れないことで落ち込んだり、疲れて眠くなったりしちゃうんです。でも、埼玉メンバーと走るのはとても楽しいし、もうちょっと走れるようになったら、また埼玉オダックスしたいです。 帰りの杉の峠は往きよりきつくて長かった。とくに、コーナーのイン側に壁のようなところがあって、そこでクルマが来ると悲惨なことになりマス。PC3に到着したのが16:39、リミット30分前。このペースじゃ、絶対にまずい。総距離は206kmだから、6km分のペースをあげとかないと、パンクやちょっとしたトラブルでタイムアウトになっちゃう。そうは言っても、体力に余裕はないし、しっかり補給しないと走れない。体がタンパク質を無性に要求するので、フライドチキンを食べたのでした。 R140はクルマが多くて嫌だなと最初は思ったのですが、下り基調で路肩もあり、走っている内にだんだんとテンション上がって気持ちよかった。「末野」右折後、ひとつめの信号で市道へ左折。ここは直進すると有料道路で自転車通行禁止です。次に押しボタン式の信号を右折。「逍遥の郷」の看板は左側にあるけど、暗いとわからないかもね。ここは問題なくクリアしたけど、その次のポイントまでやたらと「逍遥の郷」の看板が出てくるのでうっとうしい、とにかくT字路まで行けばいいんだよね。 で、T字路を右折してK294に入ってしばらくしたらまた登り。ここは予想していなかったのでちょっと堪えたね。大丈夫と思いつつ、メーターは6km/h前後の超スロー、復活ブルベでタイムアウトには絶対になりたくない、心拍数上げたくないけど上げざるを得ない、、、頭の中を計算機がぐるぐる回り、いろんなことを思いながらペダルを回し続け、ようやく頂上。 PC毎に埼玉にメールしてるのですが、なかなかゴールのメールが届かなくて心配してるかも。松郷峠を登っているときにはもう真っ暗、下りはところどころに街灯があるものの、案外クルマが多かったです。「西平」を左折すると3kmで「田中」です。実際には、もうキューシートもメーターも見ておらず、時計を時々見るだけです。パンクしたりミスコースしたらかなりヤバイです。ここまで来てミスコースはしないだろうけどね。 K30はたまに登るけど下り基調。以前は平地でもほとんどインナーで走っていた私ですが、1年半自転車に乗らなかったらインナーで回せなくなりました。今はアウターのほうが多少なりとも走れるので、ゆるい登りもアウターでがまんするしかありません。なんでもいいので、とにかく時間内にゴールしたい、それだけです。 シェル(だと思った)の看板が遠くに見えて、ゆうパークへの右折ポイント。右折ラインがありますが、ここは慎重に一端左側に止まって、再度「ゆうパークおごせ」の看板を確認して、クルマをやりすごしてから曲がりました。だって、こんなとこでトラブったらホントにタイムアウトになるからね。 まだ、ちょっと登ったけど、19:03、ついにゴール。リミット27分前でした。やったね、こんなに時間に追われた200は初めて。スタート前は1000km走ったときより緊張してました。ホントに走れるのか不安だった。ようやく復活しました。早速、埼玉にメール、ゴール写真を送ろうとしたら携帯のバッテリーがなくなった。仕方ないので「ゴールした」とだけ送信。そしたら、暗闇の中にライトの灯りが近づいてきて、泉さんが19:11にゴール。 泉さんは1時間半後のスタートだったけど、追いつかれなくて良かった。私は気のあった仲間と一緒に走るのが好きだし、集団走行の緊張感も好きです。でも、今回の復活ブルベだけはどうしても完全単独完走したかったんだよね。といっても、実際には同じコースを後から追いかけてくる人がいるというのは、かなり心強くモチベーション維持につなかっているから、完全とは言えませんね。ま、それがブルベの良さなんだからいいかな。追いかけてくれた泉さん、応援してくれた埼玉の仲間達、試走時だけでなく自転車を休んでいる期間ずっとありがとうございました。埼玉以外のブルベ仲間のみなさん、ありがとうございました、また一緒に走りましょう。 200km疲れたけど、走るのはホントに楽しかった。 また、戻ってきたよ! 追伸:ポラールの記録だとこの日は最低−2℃、平均5℃でしたがずっと晴れでした。
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